信仰心

ブログを書き始めると、iPhoneの挙動がおかしくなる…。まあ、既にハッキングされているのは知っていましたが。しかし、これは、元々iOSの中に何らかのルートが仕組まれているのでしょうか?(アメリカならやりかねんな)

例えば、メモアプリに記載した内容はどうやら加害者側に読まれているようです。なんせ、記載した内容が仄めかしで戻って来たりするので。そのレスポンスの早さに向こうの考えが読めるときがあり、おっと加害者側と意外なコミニュケーションできたな、と思うときもあります。でも、考えようによっては便利ですよ。例えば、どうしても生理的に受け付けない加害者(別の記事で書きます。割と重要です)に遭遇したとき、その旨をメモアプリに書けば向こうに伝わります。誰もが読めるはずが無いメモですから、こちらには何の道義的な責任もありませんし、仮にメモで罵倒したとしても、町中で大声出して罵倒するのと違って精神異常との判断を押し付けられる心配もありません。第一、深刻な被害受けてるんだから、あの加害者は生理的に受け付けないとメモするぐらいいいでしょ。

前の記事で天国と地獄について書きました。

私はそんなものは存在しないと思っていますが、もちろん、被害者はそのように思うべきだと考えているわけではありません。組織ストーキングが明らかになった後、初期に読んだサイトは、MiyokoGotoさん(JBさん)の”Another Anti Multi Stalking Website”でした(現在、アクセスできなくなっているようです)。そこにも書かれていたのですが、信仰を持つことが被害に耐える力となるのでは、と思います。その信仰に天国や地獄が含まれているのなら、もちろん信じて問題ないと思います。ただし、新興宗教はあまりお勧めしませんが。

私自身は、組織ストーキングをやられていると気づいたとき、突然、信仰心が涌き起こりました。そのとき沖縄にいて、沖縄の神様のいる場所(御嶽:うたき)で加害が明らかに妨害されているように感じたからです。前の記事で偉そうなこと言ってますが、私も弱い人間ですから、そう感じたのかもしれません(信仰心を持つ人間は弱い人間であるとは言ってませんよ)。

で、沖縄から帰って来て、キリスト教(プロテスタント)の教会に行ったりしたのですが、初回はいいものの、2回目以降は明らかに仄めかしを受けたりして、信仰心が消滅してしまいました。元に戻ったともいえます。ちなみにプロテスタントの教会は2系統行きましたが、いずれもダメでした。仄めかしだけではなく、妻は電磁波の照射を受けたりもしました。牧師は親切な人でしたが、途中で態度が変わり、お金(献金?)が絡んでいることを示唆してきました。加害組織は、札束で人の頬をはたく連中であるようです。

かわりに今感じているのが、一つの理念です。

Wiccaという宗教というか思想があり、そこでは、「誰も害さない限りにおいて、望むことを行え(Do what you will, so long as it harms none)」ということがうたわれています。この思想の前半分も、後ろ半分も実践することがとても難しいのですが、とりあえず私の力となっています。

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